巨大ラヂオの謎を追え・・・・
 Philips FX637A 1954

オモチャのラジオばかり集めていると、気まぐれな神様が「たまには美味いものも食わせてやろう」と言って、こんなラヂオを玄関先に置いていってくれる。

残念ながら神様も我家の狭さをご存じない。デカ過ぎて玄関のドアすら通らない。隣の住人の白い目にさらされようと、マンションの廊下に鎮座させ、気が向けばしげしげと眺め、ボディーを撫で回す毎日である。(横幅920mm×高さ890mm×奥行385mm 重量は約50kg 右下はサイズ比較用のコーヒー豆の缶) 

仕事が終わった夜、暗い廊下でこのラジオのスイッチを入れると、ほのかに電球が点灯して、ダイヤルが浮かびあがる。
実は、真空管が一部抜けており、まだ玉音に触れてはいない。しかしこのぐらいのラジオになると、じっと向き合うだけで音が聴こえてくるから不思議だ。ベートーベンが耳が聴こえなくなった後も作曲活動に勤しんでいたという話は有名だが、天才の頭の中では音楽を超えた音楽が鳴り響いていたのだろう。実はラジオの音も同じなのだ。

  
PHILIPS のエンブレムがあり、型番も読み取れるので、当初、身元調査は容易かと思われたが、webを駆使しても詳細データは拾えなかった。こういうのを巷では「激レア」と呼んでいるのだろう。

「知る人ぞ知る」を超えてしまうと、逆にそれは存在しないのと同じになる。骨董品としての市場価格もつけようがなくなるのである。引き取り手もないまま、持ち主が自分の棺桶に持ち込むしかない。(といってもサイズの関係で、棺桶にラヂオを入れてもらうのではなくて、ラヂオに棺桶を入れてもらわねばならないだろうが・・・。)

唯一、検索ヒットしたページといえば、PHILIPS本家のプロダクト・ヒストリーで、ここにも型番の6文字があるだけで、その他得られた情報といえば、1954年生まれのおよそ50歳という年齢だけだ。

 
しかたがないので、聖なる本体の「腑分け」を開始した。オールMT管の6球スーパーのように思えるが、聞いたこともない型番の球ばかりで戸惑う。

美しい外見とは対照的に、中は古墳から出てきた石棺内部のように、永年の塵がつもっていた。せめて真空管の型番を確認しようと指をかけたのが間違いで、表面にチョークの粉のように浮いた型番印刷が、あっという間に空中に霧散してしまった。唯一残ったのが EBF80 で、オランダのフィリップス社の純正球であることがうかがえる。

裏蓋に残っていた真空管配置図も風化が激しく、かろうじて読める文字を元に、使用球のリストを作ってみた。

@高周波増幅 おそらく EF41(6C5J) 5極管  A局発+MIX ECH81(6AJ8) 7極+3極複合管  B中間周波増幅 EBF80(6N8) 5極+2極複合管  C検波とAF増幅 おそらく EBC91(6AV6) 2極+3極複合管  DAF電力増幅 EL84(6BQ5)  E全波整流 おそらくEZ40(6BT4)  Fマジックアイ DM71(1N3) サブミニ管
 特徴的なのはリムロック管を多用していることだろう。

 
さて、このラヂオの一般的なスペックをおさえておこう。

受信周波数は4バンド ・・・ @530KHz〜1600KHz  A1MHz〜5MHz  B5MHz〜15MHz  C15MHz〜25MHz いずれもバンドエッジの表示が曖昧で、はっきりとしたことがわからない。右側のニ段ノブがバンド切り替えとチューングとなっている。

3系統のアンテナの切り替えスイッチがついている点もユニークだ。(右写真参照) ループアンテナはこの大きな筐体の中に張り巡らせてあり、それぞれに別の指向性が持たせてある。1と3がその切り替えのようだ。

スピーカーは20cm級のものが二発、セパレートのエンクロージャーに格納されていて、まるでステレオ装置のようだ。なぜか中央部には別の空間があり、ちょうどLPレコード収納庫のように開閉戸がセットされている。誰がみても、これを単なるラヂオだとは思わないだろう。

 
内部を探ればいくらでも当時の職人技を目のあたりにすることができる。チューニングノブに連動する超重量級フライホイールバリコンに対する精巧な糸かけ機構・・・etc・・・ 

B級ラジオ達の対極に位置するこのPhilipsの大型ラヂオ!この職人芸を眺めれば眺めるほど、ここ数十年のテクノロジーと社会そのものの変貌ぶりを痛感させられる。同時に、もの造りとは何なのかを、改めて考えさせられる。

やはり、このラヂオは神様の贈り物だったに違いない・・・。

 

             付記
本ラジオは2003年4月に価値を認めていただける方の元に嫁入りしました。
所有物していないものは展示しない・・・が方針ですが、「娘」を偲んでしばらく掲載することにいたしました。